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2011年5月11日水曜日

ネットに頼っていながらその役割を信じていない日本人研究者

このブログを読んでいる皆さんなら、インターネットのおかげでどれほど世界が縮まったのか、理解力は深まったのかご理解できるだろう。
しかし、イラン研究者をはじめ、中東研究者らはなぜかそれを真に信じていない。イラン発行の新聞をネットで読んでいるはずなのに、ネットの影響力を疑問視する。
あるイラン研究者は「ネットでデモを呼びかければ、治安部隊にその詳細が理解され、デモとしての役割はない」と言った。(ある記者クラブ主催の研究会で。その内容をネット上のビデオで見た)
じゃ、どうやって呼びかければいいのか?緑の運動の人たちをはじめ、テレビを持っているわけではないし、新聞も発行さしてもらえない。仮にあったとしても、どのようにデモを呼びかけても、治安部隊にもばれるのさ。
遠くから見ているだけなのに、「デモのやり方や呼びかけは問題だ」というのは自由さ。でも、あなたならどうやっていたわけ?
この日曜日にもまたデモをはじめ、抗議運動の呼びかけがある。25 Ordibehesht(オリディベヘシュト月の25日)を大学生らの抗議の日にしようという呼びかけだ。この日は、古代詩人のフェルドーシーの記念日でもある。ペルシア語を学ぶなら、まずこの詩人というくらい有名な詩人だ。彼の詩に直接関係はないけどね。
研究者もふくめ、このブログを見て、再度イランとネットの役割を深めたいなら、隣のページでどうぞ。http://touji-shabeyalda.blogspot.com/p/blog-page_12.html