素敵な読者の皆さん

2013年3月28日木曜日

イランのハメネイ最高指導者が福島被災地を訪ねれば国際政治が変わる

桜満開の東京は暖かいですね。
先週、ここに書いた、イランの核開発を止められる案を東京大学名誉教授の板垣雄三先生に相談申し上げながら練っている続きです。

まず、イランの核開発だか原子力開発の一連を止められるのは、イラン・イスラム共和国体制のトップであるハメネイ最高指導者だ。アフマディネジャド政権でもなければ、動かすのは革命防衛隊jであっても彼らの指揮官でも動いていない。ハメネイについて、ここで幾度も彼の非難すべき姿勢を紹介した。

しか~し、今のイラン国民の苦しみを考えれば、彼を優位にたたせて、とにかく世界からの経済制裁を止めるために核開発を停止させるべきだ。つい3月中旬にでた統計では、イラン国内で栄養不足になっている6歳未満の子供が20万人もいるというのは、ネジャド政権の経済策の問題があるにせ、世界がイランにかけている経済制裁の影響によるものだろう。その経済制裁を解くために、一日でも早く、ハメネイが核開発につながる一連を止めさせるべきだ。

そこで、思いついたのはハメネイに花を持たせて、決断させることだ。
ハメネイが福島の被災地を訪ねて、被害状況をみた上で、平和的であれ原子力開発を辞めようと決断してはどうかという案だった。

ここまで粘ってきている原子力開発を止めるためには、相当の言い訳が必要だ。もし、福島の被災地を見てからの決断なら、言い訳はいくらでもできるはずだ。イラン国内支援者らも、「明断なさったハメネイ最高指導者が立派だ!さすがイランの最高指導者だ!」と大声をあげられる。「欧米世界の圧力に屈したのではない」とでもなるだろう。彼だって、誰だって、原子力の危険を知っているけど、この案ならIAEAの査察も仕方がないな、とでも言えるだろう。

私が調べた限り、福島の被災地を訪ねた国家元首はどこからも来ていない。他の用事で日本にきていた大臣クラスなら福島を訪ねた人はいる。しかし、国家元首はいない。ハメネイが訪ねれば、世界的なニュースにもなるし、彼が「理解ある国家元首だ!」とでもなるだろう。歴史にも名前を残せるだろう。

しか~し!またもしか~しだ!
ハメネイが戦争犯罪人とされているがために、国内以外の国へ行けば逮捕される可能性がある。それは、1992年9月17日ドイツのベルリン市内のミコノス・レストランでおきた殺害事件で、国家元首として関わっていたためだドイツの裁判所の判決は、イランのクルド人活動家らの殺害にイラン・イスラム共和国体制のトップらが関わっていたというものだった。ハメネイの名前がないが、国家元首として国外での殺害に関わっていることになる。つまり、日本政府が戦争犯罪人を国内にいれたとした、日本政府の立場が難しくなる。
本来なら、ハメネイの福島訪問が実現して、イランは核開発を止めたことにでもなれば、日本政府の国際政治での役割がこの上なく高まったはずだ。それに、日本国内にも「福島の被害を無駄にしていない」とでも言えたはずだ。

世界で、誰もが想像していなかったアイディアをだした「世界一優秀!な私??はああ???」だったが、、、、残念です!
まあ、ここまで日本とイランの現在の状況を知っている人がいないから、想像ついてないだけかもしれない。それともハメネイの来日が不可能だと理解しているから、提案している人がいないのか??いずれにしても、この案を進められれば、すごいことになるんですけどさ。
このアイディアが使えると思われる方に、ぜひ転送なさってください。案だって、ナンだって、実現しなければ、頭の体操でしかない。ぜひ、がんばってすすめられるところにお届けください。在東京のイラン大使でも、ぜひどうぞ。日本外務省でもぜひ。

2013年3月21日木曜日

イランの核開発問題が解決する提案を練っている

まだ書けませんが、イラン核開発が解決する提案を練っていて、イラン国内へ向けて発信しようと思っている。うまくいけば、日本も大きく関わることになる。
まあ、ここまでのアイディアが出せているのは天才な自分だから???!!はああ???
楽しみにしましょうか??
イラン国内は正月、ノールーズ(春分の日)からの2週間休み中だから、今しばらく動かないと思うけどさ。楽しみにしてください。
私に何かがあったら、板垣雄三先生にお聞きください。先生には相談申しあげております。

前にも書いたが
この4月から青森への往復がなくなり主に東京に住む。口頭でお伝えする機会があれば、伺う。「講演」か「講義」、「セミナー」、「勉強会」、「テレビ局」や「ラジオ局」、「新聞社」などの「メディア」ならどこでもうかがいます。ネットで書いているように、社会貢献としていきます。

政治、社会、文化(映画や風刺画)、宗教(イスラム教、キリスト教、拝火教やユダヤ教など)、女性や人権問題、国際政治や周辺諸国との関係や社会運動、イランに関わることならなんでも。また、中東各国の状況を分かる範囲で説明します。

イラン出身で、母語でイラン国内の政治状況が読めて、日本語で話せる人が他に日本にいません。それも女性というのは、なおさらオンリ・ワンを引き立たせる
日本人専門家といくらでも討論できる。討論がしたいと言った方がいいかな?
いつでも声をかけてください。ご要望にあわせた内容にします。

2013年3月12日火曜日

イランの最高指導者、ハメネイがどのように指導者になったのか

今は、イラン内政の話ばかりを続けて読んでいます。イスラム(ハアー?)共和国(もっとハアー??)体制になってから、現在続いている状況。

文書はペルシア語だが、一つのリンクをここで紹介する。
http://www.bbc.co.uk/persian/iran/2013/03/130304_l23_hashemi_rafsanjani_khamenei_khomeini_1368.shtml
1979年のイスラム革命の精神的リーダー、ホメイニ師が亡くなったときに、いかにしてそれまであらゆることで、当時の国民議会議長のラフサンジャニに相談ばかりしていたハメネイが最高指導者になったのか。
まあ、内政の話は一般の方に面白くないだろうけどさ。とにかく、今は読んでばかりいます。また、なにか投稿するかもしれないけどね。

それより、この4月から青森への往復がなくなり主に東京に住む。口頭でお伝えする機会があれば、伺う。「講演」か「講義」、「セミナー」、「勉強会」、「テレビ局」や「ラジオ局」、「新聞社」などの「メディア」ならどこでもうかがいます。ネットで書いているように、社会貢献としていきます。

政治、社会、文化(映画や風刺画)、宗教(イスラム教、キリスト教、拝火教やユダヤ教など)、女性や人権問題、国際政治や周辺諸国との関係や社会運動、イランに関わることならなんでも。また、中東各国の状況を分かる範囲で説明します。

イラン出身で、母語でイラン国内の政治状況が読めて、日本語で話せる人が他に日本にいません。それも女性というのは、なおさらオンリ・ワンを引き立たせる
日本人専門家といくらでも討論できる。討論がしたいと言った方がいいかな?
いつでも声をかけてください。ご要望にあわせた内容にします。

2013年3月2日土曜日

コーランで占い!

本来なら、イランの政治や外交について書くべきだけどさ、今日の青森は台風並みの嵐でな。4月以降、東京に住むので見られない雪と風の地吹雪が惜しいようにも思えるけど、、、
さて、イランにまつわるニュースをそれぞれ一行でまとめると:
●イランと米国の国交回復が33年ぶりに再会されるあらわれがあきらかに動いている。イラン外相は「米国はちゃんとした交渉のサインを出している」といった。いかにもイランは求めていないかのように交渉を裏ですすめるだけ!先週、カザフスタンのアラマティ市でのウラン濃縮会議も進歩した。シンポというのは、次の交渉の場所と日程はしっかりきまっていることだ。今までなら、もってかえって「次の交渉の日程、場所を考えます」だったのがその場で決めただけの材料があった表れだ。
ハメネイの2月の演説でも「俺は革命家であって、外交官でない」という逃げのセリフにも現れていた、米国との外交交渉。
●イラン内政話。6月に大統領選挙はあるが、それに向けてネジャドが反体制家であるかのように多方面でちゃぶ台をひっくり返している。彼の管轄下にある内務省が表を数えるから強いと考えているだろうけど、なにが選挙だ?そもそも、2009年大統領選挙で不正疑惑の結論はまだついていないじゃないか。不正を疑って街に繰り出した数百万人をはじめ、国民にどう答えるのか?ネジャドは体制トップのハメネイの支援をえて大統領に任命されたが、今、反体制家になれるのか?ネジャドが革命防衛隊を非難して国民に人気が出ると思うのか?革命防衛隊によってデモに出ていた人々が弾圧されて、ネジャドが演説でデモに出た人々を「ホコリのような人々」と呼んだのではないのか??
ちゃぶ台をひっくり返して、人気がでると思っているのか??マフムード・アフマディネジャド君よ?

イランの政治の話をさておき、好きな人が徹底的に好きな占いの話でも!

イスラム教聖典コーランで占いが行われていることをご存知?ネット上でも占えサイトは無数にあるけど、この映像が笑える!、
宗教学者がコーランを手に電話で占いをする!またその場に来ている人にも!これで喜捨だとか、いろいろな名前をつけても、結局は金を取る!イスラム教を信じている人たちも結局は、占ってほしいのよ。神頼みか?
笑えるいい週末をお過ごしくださいませ。それはでしょう!

2013年2月24日日曜日

旧オスマン帝国の首都イスタンブルでペルシア語でイスラム教の宣伝か??

NHKスペシャル「激動イスラム第2回」をみた。一言で言えば、時間の無駄だった。イランやシーア派に中心をおいていたけど、どこを見てもばらばらにつなげていた以外の印象はなかった。イスラムをだしたら誰もわからない話だから、「NHK様がお調べになったから分かりやすくなっていたわ」と見ている人にいわせたいようだった。

●基本NHKの番組はイラン体制と政府の主張をそのまま放送しただけだった。テヘランにある支局を現地に残したいからだろうからか?
エジプトとイランの関係もまったくの嘘だった。エジプトのモルシーはイランへ行ったときに、会議に参加しただけで、ハメネイにも会わなかった。モルシーの会議での演説も、アラビア語だったけど、ペルシア語翻訳は底なく変えさせられた。エジプト大統領のモルシーがシリアの状況を非難しているのに、ペルシア語訳はバーレンとなったり!後に、会議で通訳した者が悪いといったりしても、馬鹿にしているのかよと全世界から非難された。なにが通訳の間違いだって??シリアとバーレンの単語は近いかよ?!

●また、イランのシーア派宗教学者を追っていたけど、彼はイスタンブルでイスラム教徒の同盟を呼びかけているとのことだった。
しか~~し!宗教学者はペルシア語で演説していた。一般の人々に通じるのかよ??トルコだよ??あのオスマン帝国の首都だよ??アラビア語だったらまだしも、ペルシア語かよ?トルコ語でもないのか??オスマン時代の皇帝はペルシア語で文面を書いていたとしても、今の人々はペルシア語を分かるわけもない。

「アラブの春」の話をしておきながら、2009年にイランであれほど多く(テヘランで300万人とも数えられていた)人たちのデモに触れなかった!
●更に欠けている重要なことと言えば「イランシリアの関係」だった。シリアアサド政権をあらゆる方面から支援しているイランをどうみるのよ?それはアラブの春の続きでおきたものでないのか?(フェイスブックでこの点を重要視していたイラン人友人に感謝)

そして、「反米」のイスラム国家イランを力ら強く描いていたけど、まったく違うことをここで証明しよぅ。首都のテヘラン市内でポスターとして貼られたいた一枚の写真。


シャツにアメリカの国旗が描かれているけど、礼拝中だって!地下鉄のホームに貼られているポスターだよ!どこがイスラム教とアメリカは相容れない路線にいるイランだって?!

2013年2月23日土曜日

選手より目立ちたがるネジャド

昨日イランでレスリングの世界大会があった。レスリングはイランで国民的スポーツで、日本で言えば相撲に相当する。五輪でイランが獲得できるほとんどのメダルはレスリングからだ。2020年のオリンピックからレスリングの種目はなくなることがイランで大きな話題となり、非難の声が国民から多くでている。
それに反発しているのは米国も同じだ。イランで行われていた国際試合に米国チームがイランへいったことが、大きく注目されていた。つまり敵対関係にある米国とイランは、レスリングの五輪復活で同盟を組んでいることが重要だったからだ。

国際政治た五輪の話をさておき、なにもかも自分を中心にまわってほしい通称大統領(?)のアフマディネジャドが試合会場に映像をどうぞ。
ニュースによれば、ネジャドが勝利の結果がでるのを待ち構えてスタンドにきたとのこと。
人々が選手に拍手を送っているのに、ノボセテいるのはネジャド!Balatarinなどの投稿サイトで「アホな政治家!」などと多くの人にバッシングされている。
それに米国の選手らと記念写真を!!

2013年2月20日水曜日

ウランは濃縮されたがイランは貧弱になった

イランの貨幣価値がこの1年で3分の一になった。
簡単に言えば、外国から買われているほとんどのものの値段は3倍になっている。日本で言えば米にあたるナンに使われる小麦のほとんども外国産だ。
なにを高々5%にも満たないであろう電気力にために、原子力のための濃縮と言って、それにこだわるわけ???
ここまでまずくなったのは、日本をはじめ世界から経済制裁のせいだけではない。アフマディネジャドのどうでもいい経済政策は金のばら撒きというか、紙幣増刷の政策でしかないことも最悪な影響を与えている。この女の子の目は頭から離れられない。だからって、なにもできない。7000キロも離れている日本で叫ぶしかない!

2013年2月17日日曜日

『矛盾だらけのイランから見た中東』の配布資料

今日、世田谷で講演会を行わせていただきました。
突然の会だったのにも関わらず14人(13人?)の方が来てくださいました。御礼を申し上げるとともに、配った講演ないように沿った資料をこちらにも添付します。
日本全国どこであっても、伺います。声をかけてください。よろしくお願いします。
_______________


矛盾だらけのイランから見る中東
2013217
あれず・ふぁくれじゃはに

宗教国家を見据えると→最高指導者が権威を低下させている

神話か笑い話にたどり着く理由
『最高指導者のハメネイが生まれた時に『ヤー・アリー』と言った」

イスラム革命前後の政治体制
「王」と「イスラム宗教学者ら」の国家運営システムから王なしのイスラム宗教学者らオンリでの運営システムに
1979年革命前の憲法で「国民経由で『神から授かった王位』」が革命後に『神に択ばれたし最高権威の宗教学者』へと変わった
君主論に基づくハメネイ体制だったのに、今はそれぞれの出来事に直接コメントしなければならなくなった

近年の主な出来事
2009年大統領選挙での「緑の運動」の始まりと不正疑惑に数百万人がデモへ
ハメネイは大統領選挙の正確さを宣言、しかし、デモが続く
2011214日エジプトとチュニジア革命への連動の象徴としてデモの呼びかけたムサビとキャッルビ氏らの自宅軟禁が開始
2012620日に「パンと牛乳を買わない運動」

2009年の社会運動が影響を受けた
国内の人々
減った差別意識
スカーフを被り写真を撮った男たち 
トルコ人やロル人、アラブ人のジョークの減少
インターネットの影響と治安部隊への反抗
政治体制
「ベラヤテ・ファギーフ論に頼るか、お隠れイマーム到来に頼るかたいところか
経済制裁とインフレの関係の議論
国家貨幣の70%の下落
ムサビらの自宅軟禁をどう対処するのか
米国との国交回復の歩みから核濃縮の交渉

中東の他の出来事、アルジェリア、シリア、エジプト

最新ニュース
2013215日に革命防衛隊ハメネイ任命代理ターエブの「シリアはイランの35州目であって、西南部のフーゼスタン州よりも守られるべき」発言
2013210日「米国との国交回復を進める」アフメディネジャド大統領と「次の選挙に不正が計画されている」と革命記念日
201328日アフマディネジャドはエジプトのカイロで靴を投げつけられる
201327日「米国との国交が回復しない」といいながら「俺は外交官ではなく、革命家だ」と国交回復にコメントしたハメネイ
2013130日 宇宙旅行で着替えた猿


近代史を逆順で読む
2005年アフマディネジャド政権下での原子力政策
1989年ラフサンジャニ政権誕生と経済開放路線
1989年ホメイニ師死去とハメネイ最高指導者の誕生
1988年イラン・イラク戦争終結
1981年シャリアトマダリ師の宗教学者界からの追放、ホメイニを最初に大宗教学者アーヤトッラと認定した大宗教学者
1980年イラクのサッダム・フセインによるイラン南部砲撃で始まったイラン・イラク戦争
1979年米国大使館占領、444日間の大使館員拘束
1979年のイスラム革命
1963年ホメイニ師運動の始まりと国外追放、1951年モサデック首相による原油国有化
1942年第二次世界大戦下の状況
1908年英国による原油発掘
1905年立憲革命

2013年2月15日金曜日

「矛盾だらけのイランから見る中東」の講演会

フェイスブックでも知り合いの方が企画してくださった講演会の案内をこちらでもします。
もしご参加されるのならば、直接いらしてください。
場所:代沢地区会館第4会議室(世田谷区代沢5-8-19)下北沢駅から5分
日時:日曜日2月17日 14:00~16:00
場所の地図はこちら
_____________
http://www.facebook.com/events/142590709235357/

【こんどの日曜日、2月17日!】急なご案内ですが、イラン出身の研究者・あれず ふぁくれじゃはにさん http://www.facebook.com/arezoo.fakhrejahani/info (青森在住)が、今回の東京滞在中に時間を割いてくださることになりました。
イランからの留学生として、「文明間の対話」を訴えた改革派のハタミ大統領の来日に尽力。現在は本国の宗教保守派に対し、極めて厳しい批判的な姿勢をとるとともに、イランの内政、中東情勢、世界政治に独立した視点から鋭い分析を聞かせて下さいます。
アルジェリア人質事件、シリア情勢、イランの核開発問題など聞いてみたいと思います。

2013年2月12日火曜日


2013年2月13日、水曜日、朝10時05分から文化放送デイトラインに出演。チュニジアでの武器事情から残念ながら殺された背景。エジプト革命から2年となるイランとエジプトの関係。そして、時間があればイラン内政の話。
http://www.joqr.co.jp/japan/

ネット上でも聞ける

2013年2月11日月曜日

ムサビ氏の娘らが逮捕された!!

ムサビ氏の娘らが1979年のイランのイスラム革命の記念日に逮捕されてた。ムサビ氏らは2年前に、エジプト革命との連帯デモを呼びかけたためにムサビ夫妻氏は自宅軟禁されている。ムサビ氏は2009年イラン大統領選挙に候補していていて開票後、結果に不正があったとしていた一人だ。。。
イランとエジプトの市民がいかにつながっているのか一例を2年前のエジプトで

エジプトで市民を街に出るきっかけを作ったゴニム氏は手に緑のバンドを



あああ、なんてことだーーーー!叫びたい!!!!!あああ
詳細のペルシア語は
http://www.kaleme.com/1391/11/23/klm-132993/

http://www.bbc.co.uk/persian/iran/2013/02/130211_nm_mossavi_doughters_arrested.shtml

12日追伸:釈放されたと。政治家を自宅軟禁して、数時間であっても家族を逮捕しているイランのイスラム体制はなにをしたいのよ?

2013年2月7日木曜日

イランとエジプトの国交は回復するのか?


イランの通称(?!)大統領のアフメディネジャドがイスラム諸国会議に出席するためエジプトへ行った。
しかし、あまりエジプトで歓迎されていない。ほとんどがスンニ派のエジプトで、世界最大のシーア派国家に文句をつけるところが多い。苦悶というのは、イランでスンニ派はイスラム教徒であるが、憲法の定めでいろいろな役職につけられない。例えば、大統領となれるのは、シーア派だけだ。また、多くのスンニ派が逮捕されている。分離・独立を求め、反イラン政権よりだとして、死刑になったり、自由がなかったりする。イスラム教徒であるにも関わらず、イランの首都テヘランでスンニ派が集まって礼拝すらできない。モスクまでつくらせてもらえなかったりする。それがエジプトで多くの批判受けている。
その象徴はネジャドが訪れた世界で最高の権威を持っているスンニ派の神学校、アズハル(アル・アズハル)だった。そもそも、アズハルは、1000年ほど前に、世界で最初のシーア派国家がつくった神学校だった。ネジャドがそこを訪ねたときに、を投げつけられた。ちなみに、以前、イラクで米国大統領のブッシュが投げられたのを覚えているでしょうか。それと同様に、侮辱を意味する靴を投げつくられた。その上、書いたようにシーア派国家の問題点を多く指摘された。まあ、34年ぶりにイランから訪れた大物政治家は大変なめにあってしまったようだ。

中東の2大国家である、イランとエジプトに国交がない。1979年から国交が断絶したまま。そのきっかけは、エジプトがイスラエルと国交を結んだとたんにイランのイスラム革命の精神的リーダーの故ホメイニ師が国交断絶を命じたためだ。ネジャドがモルシー大統領府での記念写真を取ったら、
















1979年までのパーレビ王時代の国旗が飾られているじゃないか?!ここまでを今朝、書いたが、後から調べたら、それは、嘘で、
写真はフォトショップで作られていた
ネット上のジョークでいろいろまわされていた。元の写真は下のもの。


しかし、そこにも問題が。それは

、そこに旗がないことだ!これは外交的に無礼ではないのか?普通ならば国の代表の後ろに旗を飾るもの。
ネジャドは靴を投げつけられたりしている映像がこちらにhttp://www.youtube.com/watch?v=JU1_P7VlWoI
そして、批判されていることも本当だ。
イランとエジプトの国交回復は非常に難しいんだ。

2013年2月5日火曜日

ちゃぶ台をひっくり返しているネジャド

イランの状況を追っている人ならば誰しもが大統領と呼ばれているアフマディネジャド(こちらネジャドと言っているけどさ)の最近の行動に目をはっているはず。簡単に説明しようと思えば、一言で「法治国家と程遠いところにあるイランの無法状況がネジャドの政治利益の計りでこの上なくあらわにされている。
近いうちに、続きを書きたいですが、長くなりそうですので、今しばらくお待ちください。
なにせ、この茶番劇が難しくて、日本のメディアも報じていないほどだ。演劇のライターでないと説明できないはず。もう少し、後で書きます

2013年2月1日金曜日

宇宙旅行でお着替えまでするお猿さん!

今朝から笑いが止まりません。
1月29日イランは猿を宇宙に打ち上げたことに成功したと報じた。
日本の新聞もテレビ各社も報じた。自分も遠くの青森にいながら電話通訳を手伝った。

し~か~し、それはだったことが明らかになった。
宇宙船に載せられた猿と帰ったはずの猿は別人!?

出発前の猿とされているのは、上の写真。白い服をきせられ、左眉毛の上にほくろらしいものがあることは見えますか?
そして、帰還したはずの猿はこちら




ほくろもなければ、服も黒に
ここまででたらめな嘘をついてどうするのよ!!
まあひとまず亡くなったサルに黙祷??それとも無駄に使われているイラン国民のお金に泣くか??

2013年1月31日木曜日

新聞はイスラム体制を脅かす危険なものか?!


日曜日から昨日、火曜日にかけて15人の新聞記者がテヘランで逮捕された。(上のは最初に逮捕された13名のもの)
それも仕事場に押し入れられ、逮捕状もなければ逮捕する機関も名のっていなければ、「犯罪名」も言い渡されていない。エビン刑務所につれられたとしか情報がない。
ここに幾度もテヘラン市北部にある悪名高いエビン刑務所のことを書いたが、最後のは

イラン人口は世界の0.5%なのに逮捕されている人口は世界の2%


しかし、イラン体制(政府だけではない。レジームの訳に体制を使っている。ハメネイ最高指導者をトップとしたイスラム共和国体制)がなにを恐れているのか?逮捕された新聞記者らは「文化部」であったり、「事件などを担当する社会部」の記者だったり、「経済部」の記者だったりしていた。体制が一番恐れている「政治」を追っている記者ではなかった。
彼(女)らを外国にいる「反体制」組織らに関わっていたとしているが、平均年齢は25歳の記者らはいったい、どうして外国の反体制らにつながっていられたのだろうか。それも、全員が、1979年のイスラム革命後に生まれ、革命体制下で育ったはずなのに、なぜ「反体制」になれるのか?そういうのならば、育て方が問題だったのではないのか?

認可制で発行される新聞なのにその記者を逮捕する。逆順に考えれば、認めたはずの体制が新聞を恐れているという結論にしかならない。もっと言えば、一般国民が知ることを恐れている。文化面しか読まない人でも、なにかを知ることを恐れているのだ。
だから、市民ジャーナリストらを数千人が逮捕されたりする。また数ヶ月前に

ブログで意見を書いた罪で殺された青年!


のように殺された人も多い。

イランは北朝鮮とほぼ同じくらいメディアに対する弾圧は激しい。「国境なき記者団」の1月30日の発表によれば、世界179カ国中、イランは174位だ。イランの数少ない同盟国、シリアは176位。(日本人ジャーナリストが殺されたのも皆さんが忘れていないだろう。)
イランで大統領選らしいものを6月に実施しようとしているけど、それより前に恐怖を国民に印象させようとしている。体制の本音は「国民」=「敵」であって、一番恐れでているのだろう。

2013年1月24日木曜日

イラン人口は世界の0.5%なのに逮捕されている人口は世界の2%

イランの国民議会(??はああ??)の一部は悪名高いエビン刑務所を訪問したそうだ。
「ホテル並みのところだった!」と発言した議員もいれば、「我が家より、美味しいご飯が食べられていた!!」ととにかくイランは素晴らしい国家であること言うために、でたらめを並べていた。
政治犯の家族らで「ホテルのようなら、皆さんもエビン刑務所へお泊りに行けばいかが?!」と言った。そのとおりだ。
以前このブログにも紹介した
日本にも来てくださった社会学者のサイード・マダニ先生が逮捕された
マダニ先生もエビン刑務所で議員らに会ったそうだ。
脱帽するのはマダニ先生が苦しい状況におられるのに、社会学者として彼らに、分析を説明をされたところだ。
マダニ先生は「イラン総人口は世界人口の0.5%なのに、刑務所に入れられている人口は世界の2%だ」とおっしゃられた。「それが、ただでさえ恵まれていない刑務所の状況を更に悪化させている」と。
戦前の日本なら、政治犯がいたから、イランは70年以上も前の状況のままだ。「民主主義」を求めるのはイランで政治的な犯罪になる。
全文はペルシア語でhttp://www.kaleme.com/1391/11/04/klm-130554/にある。

マダニ先生の即時解放を求める文面は

ご署名をお願いいたします。イラン研究者4人よりのお願い。日本にも学術交流で来られたマダニ博士の一早い釈放を求める

2013年1月19日土曜日

犯行声明から見るアルジェリアでの武器の提供側

アルジェリアでの人質事件でのことはまだ完全に解明されていない。しかし、もし私は捜査官警察官としてこの事件を担当していたら、なにを調べて今の時点でなにを明らかにできたのかを書く。(無所属で、ただの研究者であって、いずれの官でもないけどさ?!)

●犯人はなにを、そしてなぜそれを要求しているのか。
●犯行武器をどこから手にしたのか。

この二つの質問に答えるのに、ビデオにでている犯行声明で「イスラームの土地から出て行け」というを手がかりにする。
まず犯行声明に突っ込みを言わせていただこう。そもそも「イスラムの土地」だなんて、どこのことを指すのかよ?イスラム教徒が住む土地?その土地に他宗教は住んでいないのか?住んではいけないのか?モザイックのような中東での宗教の信者らは、アルジェリアだって、同じように住んでいるんだぞ。あなたの聖典、コーランにも認められた「神が導いた、神のほかの宗教、キリスト教やユダヤ教」の信者らの存在をどうするのかよ?(仏教のことは書かれていないので、ご注意??!!1400年前、仏教はコーランが書かれた、メッカとメディナがあるサウジアラビアや他の中東になかったので、許してやってくださいませ?!)

漫才師を辞めて、捜査官に戻ろう。
まずアルジェリアの隣国からだ。アルジェリアのすぐ東にあるのはリビア。砂漠で国境線はあるのかないのか分からないもので、その国境は砂漠地帯だ。
犯行声明にはおそらく「武器を提供した人」か「武器を渡してくれた人」へのメッセージがあるはず。
武器と言えば、この英語のニュース
http://www.rohama.org/en/news/6678/le-monde-france-sold-gaddafi-90-million-euros-in-arms
と日本語では
http://article.wn.com/view/WNAT92d0483a147a307f84d066c3f0ed43bb/
英語のを簡単に訳せば、フランスの有名紙ルモンドが報じたところによれば、フランス政府がリビアのカダフィに90,000,000 Euro(1ユーロ120円と計算すれば、108億円)の武器を売ったとのことだ。つまり、あの悪名高いカダフィは原油を売って、そのお金で武器を買ったとのこと。もちろん、これはほんのわずかで、氷山の一角だ。リビアが買えた武器は数百倍とも、数千倍ともなっていたはず。ルモンド紙がその一部を明らかにしたのが、フランス政府は反カダフィ派のグループらに武器を贈答した時だった。
日本語で読める2011年7月のニュースは
http://rockway.blog.shinobi.jp/Entry/585/

結局北アフリカで現在の多くの国の旧宗主国だったフランスは、武器を売ったり、提供した武器は北アフリカにたくさんあるとのことだ。(宗主国はややこしいから、あの地域いったいを植民地にしていたおフランス!)
その武器をアルジェリアの犯行グループに渡したり、売ったりした人はイスラム教徒だったから、犯行声明にイスラムの土地というありもしない言葉を使ってしまった。

他にも武器を提供したところがあるはずだ。それもなんと、ペルシア湾の大金持ちの国らだ。イスラム教の国家だからこそ、イスラムの土地と犯行声明で言ったはず。
続きはまた今度。
社会貢献で無償で書くことも大事だけど、前回の投稿で
宗主国の責任は?「アルジェの戦い」映画から
を書いたものは、なまぬるいものだったから、書き直すつもりで書いている。

メディアさん、どこかの現代イスラム、ナンチャラ、カンチャラの一人事務所の理事長はなにか新しいことを言っているのかよ??

2013年1月18日金曜日

宗主国の責任は?「アルジェの戦い」映画から

صورة معبرة عن الموضوع معركة الجزائر (فيلم)
アルジェリアでの出来事でニュースを解説するとき、フランスはアルジェリアの宗主国だった、という簡単な解説がつく。しかーーーし、宗主国の意味はなにか?誰が、どこをどのように支配していたのか?その土地に住んでいた人々はなにを考え、生きたのか、その子孫は今もそこに住んでいるのか??両親や祖父母らから聞いた話はどうなるのか?今の世代に憎しみはないのか??専門家らの浅知識と理解に、怒りしかない。
解説(?)をする専門家らは、「イスラム原理主義の武装勢力」という。一般の日本人でもある程度知識のある中国のチベットについてもそのような簡単な解説でいけますか??歴史、それもわずか50年も前の歴史だ。アフリカの地図を見れば分かるように、まっすぐな国境線がほとんどだ。アルジェリアは130年以上もフランスの支配下にあった。人々の住むところは決まっていて、人種で街の西と東に住み分けられていて、道路を歩こうとしても身分証明書を持ち歩かないといけなかった。
その街に住んでいた人たちの子供は今、アルジェリアやマリに生きている。侮辱されていた記憶は憎しみの記憶として残っている。

彼らは反抗声明で「旧宗主国」がこの土地を今も空爆しているから「フランスは憎い」といえば世界の他の人たちに通じるのに「イスラムの国に足を入れた」と言ってしまう。本人らもそこまで教養はないはずだし、これまで会ったことのある人たちも皆、イスラム教徒だっただろうから「よそもの=イスラム教でない人」となってしまう。悲しいことを「宗教の名」で続けてしまう。

青森の図書館でさえもあった「アルジェの戦いの映画(1966年伊作)をぜひすすめたい。
日本でフランスにあこがれる人が少なくないかもしれない。「おフランス」と言ったり、思想や自由、芸術の国と思ったりする人も多いだろう。この映画を見たらまったく印象が違ってくる。
イラン人の私もアフリカの苦しみをこの映画で理解した。
イランで「ありがとう」を言うときに「メルシー」というフランス語を使ったりするし、フランスの印象はいい。19世紀以降の歴史でフランスはイランに悪影響を与えていなかったためだ。イランはすぐ北のロシアに土地を取られたり、イギリスに原油の支配権を取られたりしていたのに、フランスは王らの遊び土地だったり、地詩人らが考えるためにエッフェル塔を眺めたりしていた。だから、普通に「メルシー」と使ってしまう。アルジェリアの状況を理解しようと思えば、「アルジェの戦いをぜひみてください。

2013年1月16日水曜日

イラン革命記念日にあわせてイラン国内で取材材料

イラン国内にいるメディア関係者も含め、もしイラン国内で取材を考えるのならば、路上で取材できないはず。できても、誰もまともに記者に、そして、カメラの前で答えるはずがない。命のきけんを考えながらインタビューにまともに答えないはず。
もし、1979年の2月11日イスラム革命にあわせた取材をイラン国内で考えるのならいくつか提案できる。
主にしてみたら面白いのは「革命から33年の矛盾に、大物家族らがどのように苦しんでいるのか」

その一つは、まさしく革命の精神リーダーだった、ホメイニの孫らへの取材だ。
例えば、娘孫はスカーフを問題に感じて、その強制に反対しているNaimehさんだ。その一記事がここに
http://www.irandailybrief.com/2012/07/26/no-to-mandatory-hijab-campaign-growing-khomeinis-granddaughter-vs-hijab/

経済制裁の影響を考えたいのならば、ラフサンジャニの娘への取材をお勧めする。全国の特殊病治療法人の理事長だが、「経済制裁で薬はイランへ入らない。病人らが苦しんでいる」と発言している。日本語のウィキペディアにもあるほどのラフサンジャニの別の娘Faezehは今、エビン刑務所に入れられているし、息子が父親が大金を積んで釈放されたものだ。裁判(??という嘘の演技)はこれからとのこと。

とにかく路上での取材を諦めたら、いくらでも考えられる材料がある。

2月は東京にいる予定なので、なにかあれば、直接もお目にかかって説明できます。 

2013年1月11日金曜日

地吹雪ツアの発想で、青森も島根も、鹿児島も山口も

青森にきてから2度目の冬になる。12月からいつも外は雪と思っておかしくないほどの気候だ。最高気温は氷点下になることも多い。県庁の所在一で日本一ではなく、世界一とも言われる積雪量は2013年1月10日に1メートルぎりぎりとなった。1月ともなれば、窓からいつでも、地吹雪が覗ける。簡単に言えば、雪はさらさらしているから、風で空を舞う。雪が空から降るのではなく、地面から巻き上げるので、傘がほとんど意味を持たない。

雪にうんざりするのは私だけではない。青森出身であって、この街に住むほとんどの知人が口を揃えて「雪のないところに住みたい」というもの。「早く春の山菜取りに行きたい」という八百屋さんもいれば、「どんなに猛暑でもいいから夏になってほしい」という学生もいる。
しかし、雪下ろしで死者がでるほどのこの「厄介な雪」を「宝の雪」に変えた人もいる。
「地吹雪ツアー」を企画して実施している人だ
会ったことがないけれども、東京で旅行代理店に勤めていたがユーターンした男が発案してらしい。(名前を幾度も聞いたけど、忘れた。知っている人がいれば、コメントかメールでお願いします。)
追伸:ツイッターで教えていただきました。
企画者は角田周さんです。官公庁にもご紹介されていてhttp://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/jinzai/charisma/mr_kakuta.html
すごい面白くて、多彩な話題がでている会社のホームページは
http://www.aptinet.jp/index.html 青森県観光情報アプティネットaptinetです。動画あり、写真あり、企画あり。素晴らしい。ぜひ訪ねてみてください。地元を愛する企画を更に理解できます。
どこが故郷であっても、どこに住んでいても、結局は、発想を変えれば素晴らしいものを提案できる。以前ご一緒させていただいた旅行で板垣雄三先生がおっしゃられた言葉のとおり頭を使え!頭を!」

この頭を使い、他の人々に伝えるために、大きな役割を果たせる手段か、ツールはインターネットだろう。非常に残念だが、青森ではインターネットの利用率が非常に低い。日本の地方であれば、どこもそうかもしれないけれども、せいぜいツイッターか、よくてフェイスブックが利用されている。もっと公開にした方法でアイディアを発信してはどうでしょうか。このブログで書いているイランをはじめ、中東の話題以上に読まれるものだ。

ここで提案するのは酢違いだろうけれども、青森を訪ねたらもっと楽しくすごす方法を提案したい。
最初に「ねぶた」にあわせようかな。
日本全国から大勢が集まる夏祭りのねぶたなのに情報発信はほとんど印刷されたもの。毎年来ている人たちが夕方に始まるねぶたまでの間、なにをどうしたらいいのかまったく分からないでいる。本州最北端の青森に来る前に、すごし方を知りたいのに、「青森駅にチラシを置いてある」よと自慢げに話しても意味がない。旅の前に調べるから、インターネットに情報を載せてよ。青森県も市の役所のどこも、発想がない。「駅においてあるよ」の一点張り!!

乗り捨てできるレンタカーをして途中温泉に入りながらなら、大間へ行って、大間のまぐろを食べてください。一人2000円位で大間で大間のまぐろが食べられる。家族4人で行けば、青森市でレンタカーして、新幹線が止まる七戸で車を返せれば、銀座で食べるより安くて、新鮮なものが食べられるし、安いし。観光もできるし。

島根でも、山口でも、鹿児島でも、どこでも、面白く訪問できるツアーが組めるはず。ぜひ日本各地を訪ねよう。故郷か、住んでいるところを楽しく過ごす方法をよかったら、こちらにも書いてください。
一度きりの人生を楽しく過ごそう!
また、他の青森ツアーを提案するかもしれない?!